感想
まず、気がついたことなのですが、
●オーケンによる全曲解説がない。解説は、雑誌等のインタビューや、アルバム紹介文にまかせて、自然にのほほんと歌を聴いてもらいたいという希望からか。
●前回やたら多かった語りがほとんどない。特に新曲は、語りがなくシンプル。かつ、詩の構成がわかりやすくできていると思った。自分の思いを語ろう語ろうとはせず、歌を歌うということを楽しんでいると感じた。
●ほとんど、人に提供した曲のリメイクである。よく、作詞作曲をしているアーティストがこういう人に提供した曲を自分で歌ったアルバムというのがあるので、本当にやりたかったのは新曲と、カバー曲だけであとは商業的な理由からなのか、もしくは、大槻さんの作品を読んでいるが筋少は合わないという方向けに、こういう詩を提供したということでアレンジをうるさくなくしてリメイクしたというわけなのか。
大槻さんのインタビューでも、懐かしさが心を癒すという話がありましたが、私にとっては、リメイクはほとんど元曲を知っていたということもあって、ああ、なつかしーなーという気持ちが強かったのですが、では初めて聴いたとか、筋少を知らずに聴いたという方はどう感じたのかな?と思います。
詩だけを見ると、かなり古いものもあって統一感は薄いですね。
曲のほうは、全体的にほのぼのと楽しく味わって聴けます。特にオルガン、ピアノの音はいいですね。とても印象に残って。それだけでまた繰り返し聴こうと思いがします。
唯一のオリジナル曲は「天使」だけということですが、前回のオリジナルはもっと大げさなラブソングだったところをもっと素直にしたように感じました。やはり「心がよわい、さみしい」んだって素直に言っているんですね。それで、のほほんと歌ってひとときやすらぎたいのでしょうか。
大槻さんの心の苦しさとか、さみしさって一体具体的にどういうものなのだろうと思います。いくら脱そうとしてがんばって詩を作って歌っても、それでもありつづけるものというのは、私にはわからないような深いものなのか。
それとも、私のようなものでも持っている、ちょっとしたことで気にして嫌われるんじゃないかと被害妄想に入りがちとか、不条理なことにぶつかったのが嫌で、またぶつかるのが怖くてしかたがないとか、そういう類のものなのであろうか、というのが、気になっているのですが。
こういうものが歌いたい、と言って作ったソロが、今度の筋少ではどう影響されるのかが興味があるところです。どのように違いをつけるのか。と思います。また、筋少はこうだから、と決めつけてはっきり分けようとするのもいいのですが、それが足をひっぱりはしないかと思います。
ノスタルジーもいいけれども、まだそれだけには早いと思います。