筋肉少女帯関連ライブ・過去日記アーカイブ(1989〜)

筋肉少女帯の活動履歴、ライブ感想などを記録したアーカイブです。(非公式)

私的・筋少の詩世界解釈〜「福永武彦」の小説へ通じる部分〜

私は元々、あまり読書が好きな人ではありません。今でもそれは変わりません。
16歳の時に筋少を初めて聴き、大槻ケンヂの詩に出会い、「こんな凄い詩を書く人がいたのか」と衝撃を受けました。狂気と正常の境を行ったり来たりするような表現に。

10代の頃、漫画を描いてました。いわゆる同人誌で、筋少メンバーのキャラをちゃかした漫画とかを色々描いてたのですが、同時に詩の世界を漫画にしたいとずっと思っていて、何度か試みたのですが、結局上手くいくことはありませんでした。最近になって、商業誌で筋少の詩を漫画化したものがいくつか出てきて、あー私と同じように考えてる人がいたんだ(笑)と思ったりして。
ただ私は、詩の内容に沿ってそのまま漫画にすることは考えていませんでした。この私の解釈はきっと、大槻ケンヂ自身は全く考えていなかったでしょう。
最初の詩集が出たあとに小説が出ると聞いた時、そういった私が想像していた物語が展開されるのだろうか。と期待していたのですが、詩集にある少し長めの作品を膨らませた感じのものでした(とても面白い作品でしたが)
詩の中でいつか物語は完結するのだろうかと考えていたのですが、その後は(「エリーゼのために」頃から)彼の詩は次第にリアルの方向に近づいていきました。

私が最も好きになった所は、それぞれの詩が少しづつ繋がっていて、物語が思い浮かぶところでした。どこか架空の国の、遠い過去。どこまでも広い大地と、どこまでも続く海と、少年と猫がいる風景。そして別れの悲しみと、死への恐怖、人は絶対的に孤独なものだということを感じて、とても惹かれていました。
よく言われている筋少の詩の魅力で、猟奇とかおどろおどろしい感じなどとは、私が好きだと感じたところは少しずれているのかなと思います。

16歳の時、本をいっぱい読む人になろうと思い、江戸川乱歩「パノラマ島奇談」を始めに色々読みました。中原中也詩集も読みました。(「ドグラ・マグラ」は読まなかったけど…)
でも何故か私が一番好きになったのは、オーケンとは一切交わりのない作家でした。
たまたま、図書館で目にとまった「夢みる少年の昼と夜」というタイトルにひかれて読んだら、それはとても今までになくはまり、その作家の作品を集めるきっかけになりました。その作家は「福永武彦」という人で、すでに亡くなられています。(1918〜1979)
昔の作品なのに、なんだか私がぼんやりと思い浮かべていた“筋少の詩の世界”が物語になったような感じがしました。現実と幻想の境をさまよう少年や、狂気の挟間に立つ少女。どの作品にも死と孤独が底に漂っています。それでいて、ドロドロした感じはなく、透明感やきらきらとした美しさが感じられます。
私は福永武彦の小説をからめて、自分なりに筋少の詩を解釈したものを漫画にしました。
その後もいくつか他の作家の小説を読みましたが(犬神家の一族とか(笑))どれも心に留まることはなく、福永武彦の作品を見つけて読むにつれ、やはり一番好きだなと感じるのでした。
面白いとか、泣けるとかいうのではなく、作品全体が自分の心の奥底にある、一番大事なものを文章で表しているのです。
だから、私は読書好きではないのかもしれません。

私が勝手に思っていた筋少の物語は、最後の作品「サンフランシスコ 10イヤーズアフター」で完結させたのだと思います。きっとかなり無理して(笑)それにしては、よくできたラストでした。
オーケン、どうもありがとう。

[筋肉少女帯大槻ケンヂ)作品]
※もっともはまった詩をあげました。
猿の左手、象牙の塔
サンフランシスコ
キノコパワー
星の夜のボート
月とテブクロ
アメリカン・ショートヘアーの少年
何処へでも行ける切手
また会えたらいいね

[福永武彦作品]
※一部を紹介します。
「夢見る少年の昼と夜」新潮文庫(短編集)より
・夢見る少年の昼と夜
太郎はまた急いで歩きだした。暗闇の中を透すようにして見渡した。樹がざわざわと葉群を動かしている。頸に繃帯を巻いた女の子が、欅の木の下に立っている。その側へ走り寄った。
—愛ちゃん!
愛ちゃんは冷たい眼でこちらを振り返った。ほんの少し、唇を開いてほほえんだ。
—愛ちゃん、死んだんだって?本当?
—本当よ。

・鏡の中の少女
「お前は誰なの?」
麻里は自分の力の尽きていくのを感じながら、鋭い声でそう訊く。
「あたしよ。分からないの?あたしよ。」
鏡の中の少女がゆっくりと麻里の前へ歩いて来た。その少女は笑った。その笑う顔が次第に大きくなる。夜のように大きくなる。それは夜よりも巨大になり、彼女を無慈悲に押し潰す。

・世界の終り
お前はもうそこへは行けない。
私はもう決して北の外れの雪の国へ行くことはない。私の心の中で何かが死んでから、その遠い国は消えてしまったし、私のまわりには膜が垂れ下がった。それは誰にも分らない、あの人にも分からないことだ。風が冷たくなり、柏の葉が揺れている。

「草の花」新潮文庫(長編)
※あらすじ
戦後、東京都郊外K村のサナトリウム。「私」は同じ病室の汐見から、「もし僕が死んだら、このノートを君にあげる」と言い残し、大雪の降る夜、無謀な手術を自ら進んで受け、術中に亡くなる。
その2冊のノートには、汐見が18歳の春と24歳の秋を回想した文章が書かれていた。弓道部の後輩、藤木忍とその妹・千枝子を愛したが、成就されず兄は若くして病で帰らぬ人になり、妹は去っていった。
「僕は決して死をおそれていたわけではない、—いや、全然恐怖がなかったと言えば嘘になるだろうが、僕の不安を主として形成していたものは、死の恐怖よりも寧ろ生への不満だった。僕は昔から孤独だった。愛する者たちは僕を去った。しかし愛している時には僕は生きていた。(中略)僕は十八歳の僕が愛したように、今愛する者を持っていない、二十四歳の僕が求めたように、今求める者を持っていない。むかし生きたように、今僕は決して生きてはいないのだ。」

「廃市・飛ぶ男」新潮文庫(短編集)より
・未来都市(中編)
※あらすじ
放浪していた画家の主人公は人生に絶望していた。ふと目の前に現れた「自殺酒場」に吸い込まれるように入った。
—死にたければ、特別のカクテルを作りますよ。
目の前がぐるぐると回り、次に意識を取り戻した時、走る夜の汽車の中に主人公はいた。「自殺酒場」のバーテンがそこにはいた。
—僕はいわば案内者です。僕たちはこれから「未来都市」へ行くところです。
未来都市には肉体の病気は存在せず、市民はみな希望に満ち、悪人は存在しない。芸術作品はみな市の委員会が取り決める「合成芸術」そしてそれを全てまとめている最高指揮者「哲学者」が神殿にいる。
主人公はそこで絵を描きながら、昔の辛かったことなど忘れて楽しく暮らすようになった。そこで出会った不思議な女性、ローザを愛するようになった。
—哲学者は私の夫です。
ある日、ふと夢を見なくなったことを不思議に思った主人公は、市の衛生委員に訪ねると、未来都市の秘密を明かしてくれた。この都市には神殿から人工の放射線が全体に発せられている。人間の脳にある破壊的な感情、嫌な記憶は、この放射線により消えるのだと。
ショックを受けた主人公は、唯一の理解者、ローザを連れ逃げようと思い立つ。しかし約束の時間になっても、船着き場にローザは現れない。夜が訪れる頃決心し、「哲学者」のいる神殿へ向かい、対峙する。
—行け。早く。私に残された少しばかりの悪が私を裏切らないうちに。
ボートに乗って夜の海を逃げる2人。その時、大きな衝撃がボートを襲った。ローザの指差す先には…

・飛ぶ男
コレハ終リノ日ダ。終リノ日ニ、引力ハナクナリ、地球ハ粉々ニ砕け、宇宙ノ中ノ塵トナッテ消エ失セテシマウノダ。ソシテコノ瞬間ニ、人間ハ初メテ空ヲ飛ブコトガ出来ルノダ。何ト自由ニ、ヤスヤスト、身体ガ宙ニ浮クコトダロウ。何トイウ自由ダロウ。

これを読んだ方がもし興味を持たれたら、ぜひ福永作品を探して読んでみてくださいね。

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