筋肉少女帯関連ライブ・過去日記アーカイブ(1989〜)

筋肉少女帯の活動履歴、ライブ感想などを記録したアーカイブです。(非公式)

アイドルorDIEの世界に復讐を〜子供時代

「オタクが人気者になれない理由」Paul Graham
http://www.blog.net/nerds-jp.htm
著者は、ソフトウェア開発者でコンピュータ関連の本を出している方のようです。内容は、アメリカの学校を取り上げて、オタクと言われる生徒がなぜ迫害されていじめに合うか、オタクだった自分の子供時代の経験を元に振り返り、最後にアメリカの社会の仕組みに原因があると結ばれていました。

私も小さい頃にいじめに会っていて、それはどうしてか、どんないじめだったかは高校生以降に忘れてしまったのだけど、忘れないと生きていけなかったのかもしれません。
私が小学校低学年の頃までは「オタク」という言葉はなかったけど、ここで言われるのは、恐らく努力せずとも勉強ができて、運動が苦手という傾向が強い子供だと思います。内向的で、回りと上手く合わせられないとか。
子供の集団の中では、運動ができて可愛い(かっこいい)、アイドルのようにモテることが全てで、その中でどう折り合いをつけるかが問題だから、ランクを落とさないようにいつも気を使う故に、かっこ悪い子はいじめにあい落とされていくのです。
このエッセイの著者と同じように、私も子供の頃は死ぬことをよく考えました。生きていたって楽しいことなど何もないと。学校が自分にとっての世界だったから。でもこの環境さえ脱出すれば希望があると、郊外の町から東京の女子中学を受験して入学しました。クラスに私一人だけでした。
その時私は思いました。自分を迫害したこの世の中に復讐をしてやろうと。復讐というと言葉は悪いですが、いつか見返してやろうという思いですね。

中学に入ると、同じような境遇の子がいるので仲良くなり、同じグループ以外にはお互い感心が無くなるので、クラスで誰かがいじめのターゲットになる事もなく、私は漫画とアニメと音楽に楽しみを見い出していきました。オリジナルの漫画を描き、そこに自分をいじめた子を登場させて悪者にして、それが自分なりの「復讐」でした。そして、次第に過去の辛かった出来事を忘れていくことができました。
15歳になって筋少に出会い、「自分を迫害したこの世の中に復讐を」というオーケンのメッセージに共感したのは、言うまでもありません。そんな思いを持った人が他にも居て、オーケンはそんな少年少女を集めて「パノラマ島へ逃げよう」と歌っていました。
当時はリアルタイムでしたが、現在でも同じような思いを持ち、オーケンのメッセージに共鳴する少年少女がいることを耳にするので、いつの時代でも変わらないものだと思いました。

オーケンは女性と上手く話せないという事に、最もコンプレックスを抱いていました。恐らくオーケンを尊敬する少年(元少年)達も同じだと思います。
私の場合は、小学校の頃に好きな男の子と仲良くなれなかった事から、コンプレックスを抱いていました。それは、学校の中で女の子が好かれる重要な要素は、アイドルのように可愛いことだったからです。スマートで目が大きくて、おしゃれで活発な性格という感じの。
男の子に置き換えても同じですから、オーケンはそれを分かっていると思っていたのですが、しかしオーケンの発言はその後、少女至上主義を訴えるようになりました。これはエッセイなどで告白してるのであえて解説しません(笑)それなりの理由と背景があるので、否定はできませんが。醜い少女が主人公の詩もありますし。
でも当時の私は「可愛い女の子じゃないと、ダメなんだ」と絶望しました。愛されるのは純粋無垢で美しい少女だけで、可愛くない少女は愛されない、歳をとれば愛されないんだと。
高校生の時、クラスでモデルのように可愛い女の子は、大学生や社会人の彼氏がいて、いつも何か買ってもらったと言っては自慢しているのを耳にしていました。私は男の子に好かれない。勉強もできなくなった。何か得意なものも見つからない。私にとって、18歳以降の自分はイメージできませんでした。世界はアイドルorDIEだったのです。

奇妙なものですが、それでも筋少が好きである事とは別なので、追っかけ仲間とライブに行くことが楽しみで、それが生き甲斐でした。
そんな私も仕事が見つかり社会人になって、彼氏ができたのですが、たった半年で突然別れを告げられて、理由も良く分らずじまいで。当時は今よりもっと太っていて、「やせなさい」と彼に言われてダイエットに成功しかけた矢先の出来事でした。やはり「可愛くないとダメなんだ、幸せになれないんだ」と絶望しました。
もしもここでダイエットに執着してたら、節食障害になっていたかもしれません。私にはインターネットで自分の好きな音楽を伝えたいという目的があったので、それに打ち込むことで立ち直ることができました。

その後、なんとか自分のペースを取ることができるようになりました。私よりもっと辛い問題があるんだという方もいると思いますが、もし、私と同じような問題を抱えている子がいるとしたら、決して絶望することはないと伝えたいです。ただ年々、子供が生きづらい世の中になっているような気がします。私が“できちゃった結婚”を絶対にしたくなかったのは、ここに理由があります。この問題を立ち止まって考えることが必要だと思うのです。

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