筋肉少女帯関連ライブ・過去日記アーカイブ(1989〜)

筋肉少女帯の活動履歴、ライブ感想などを記録したアーカイブです。(非公式)

「筋少の大海賊」〜活動停止から4年

98年7月のライブを最後に太田さんが脱退して22期筋少は9年間の活動を終えました。1年後の99年7月に橘高さんとオーケンが相次いで脱退して、凍結となりました。内田さんと本城さんの2名になった「筋少」は、2002年12月、「メンバー公認の海賊盤」を引っさげて4年振りにファンの前に復帰してくれました。

アルバムのライナーノーツで市川さんが筋少が凍結した理由と経緯を書いていました。私もそれに習って、その経緯を私の視点で主観的に(笑)書いてみます。リアルタイムで立ち会っていたので、当時はかなり辛かったです。忘れていたのですが、このアルバムとイベントを見たことで、振り返ってみようという気持ちになりました。
おおまかな経緯は市川さんが書かれているので省きますが、元々筋少ファンには、所謂「80年代筋少」であるインディーズ時代〜デビュー1年間の初期(ここまで21期分、アルバムでいうと2枚目まで)を支持する層というのが多くありました。
オーケン筋少復活の発表をした時にやりたかった事は、つまりは80年代筋少の復帰だった訳です。
市川さんの説明では、大槻の言い訳にファンからの非難が—と書かれていましたが、歓迎していたファンも多く、それは主に80年代筋少の復帰を望んでいた層でした。
脱退によってオーケン筋少の最も前面にあった「大槻の世界観」という要素を新しいバンド「特撮」へ持って行きました。三柴さんの復帰に歓迎して、90年代に筋少から離れていたファン層も再び帰ってきたようです。

インディーズからデビュー初期の筋少は、オーケン表現者としての初期衝動が鮮烈で、三柴さんの曲と演奏に天才的なものを感じました。私も当時これを聴いて好きになりましたし、評価が高いのは非常にうなづけます。
でも、私がさらに好きになったのは、その後のロックバンドとしての22期筋少でした。楽曲の幅の広がりだけではなく、ライブのエンタテイメント性や、メンバーそれぞれの好きで信じた道を行くという姿が大好きでした。
オーケンは三柴さんと別れてからも、ずっと三柴さんとやりたかったんだろうと思ってました。それは22期になった時からずっと感じていたので、いつ誰かが脱退・解散してもおかしくないと思っていました。それを心の隅に感じながら、5人になった22期筋少がバラバラと言われつつも、不思議と団結してロックバンドとなっていく様子を見てきて、そういう思わぬバンドマジックみたいなものを感じた部分が最も好きだったのですね。

私は活動休止から、筋少を聴くことを止めていました。その後のメンバーの活動を熱心に追うことも無くなりました。本城さんの日記はいつも読んでいましたが…。
中途半端になっていたサイトの内容を「22期」に限定してリニューアルし、最も好きだった所を伝えて行こうと思いました。それまで作ろうと思わなかった掲示板を立ててみたり。
あれから2年程経って、オーケンや橘高さんの活発な活動の影響や、筋少に影響されて出てきたミュージシャンの活躍で、筋少をリアルタイムで知らない若い世代からも支持されるようになったり、再評価されるのを聞いて、とても嬉しく思いました。今から音源を全て手に入れる事が年々困難になっているのが残念でした。それから自分も少しづつ気になったところから聴きはじめましたが、まだアルバム通しては聴くことができませんでした。

そんな時に、このCD発売のニュースがありました。それは驚きました(笑)22期筋少のライブ音源というだけでも感激なのに、収録曲タイトルを見てさらにびっくり。この選曲はライブで聴きたかったものばかりで。
CDの再発すら無理だろうと思っていたので、「海賊盤」とは!その手がありましたかと(笑)お二人とも、ずいぶんと粋なことをしてくれるではないですか〜。
筋少ファンと一口に言っても前述したように様々なので、興味のない人も居るかもしれませんが、私はとても嬉しかったです。コアな筋少マニアに向けてということで(笑)
そろそろ、アルバムを通して聴き直すことができそうです。

広告を非表示にする