筋肉少女帯ライブ・過去日記アーカイブ(1989〜)

筋肉少女帯の活動履歴、ライブ感想などを記録したアーカイブです。(非公式)

*【筋少ファン日記のあゆみ】

*【2003年発行「筋肉少女帯の活動記録1979〜2003」無料DL】

(113ページ PDF書籍 ディスコグラフィー・ライブレポート)

市川哲史さんと筋少

筋少が90年代初頭からお世話になっていた、市川哲史さんという音楽評論家が居ました。市川さんというと、本来は(笑)筋少じゃなくてもっとファンの多い B-Tやソフバ、X、ルナシーのファンの間で知られてますね。それ以外でも色々な所で有名な方ですが、そういえばそうだった。私にとっての市川さんの記憶は「哲ケン対談」ばかりだったから(笑)言葉の乱暴なおっさんの印象のイメージがあったけれども、一番メンバーの本音が聴けたのが市川さんのインタビューだったと思う。当時の私にはちょっときつかったけどね。
市川さんは元はロッキンオンジャパン音楽と人の編集長だったわけですが、ある時突然失踪してしまいました。97年頃だったかしら。たしかオーケンも話題にしてたような。「みんな怒ってないから帰って来て下さい」とか言ってたかな。病気になって療養していたそうです。それで最近復帰されたんですね。
昨日、その市川さんを見ました。「筋少の大海賊サミット」というトークイベントがあって、その司会として出演してました。筋少の過去のライブ音源を集めたブートレグアルバムが発売されるということで、その記念イベントなのですが、えーと筋少は98年のライブを最後に次々とメンバーが脱退して、オーケンも居なくて、現在「筋少」の名前は、現在本城さんと内田さんの2名で持っているんですね。それで今回は4年振りにこういう形でファンの前に復帰してくれました。
それで、市川さんが失踪中に筋少が休止してしまったので、事の経緯を何も知らなかったそうで。その間ネットなどで流れた「筋少が解散した経緯と理由」の噂を集めた内田さんが読みながら「これ違うね」と言って(笑)語りにくそうな内田さんに代わって、市川さんが真相を説明してくれました。市川さんが書いたアルバムの解説文にその話が載っています。
市川さんが書いてくれてほんと、嬉しかったですね。他の人じゃなくて良かった(笑)あの時、市川さんが居て書いてくれたら、私の無念も(笑)少しは晴れるんじゃないかしらと思っていました。筋少メンバーでなく、ファンでもない誰かきちんと筋が通った話が出来る人がが書いてくれたらと。
私はあの時から、筋少を聴くことを封印していました。最初のうちは全然聴かなくて、音楽とは違う方面に興味を注ぐようになってから、最近になって少しづつ思い出して気になった曲だけ聴いたりとかして。それでもアルバム通しては聴けなかった。
もうこの「22期筋少」の事を公式に語ってくれる事は無いだろうな、と思っていたので、このブートレグ発売は、それは驚いたし、嬉しさは計り知れません(笑)
本城さんも「最近やっと客観的に『いいバンドじゃん』と見れるようになった」という事でしたが、4年という歳月と、こうした編集作業があって出来たのでしょうね。その間、首にできものが出来たり(本城さんの言う原因は「ヘドバンのしすぎ」)咽が塞がって手術したりして(「かけ声の出し過ぎ」)“筋少の膿みを落としたね。”とのことで。筋少にとり憑いてたものを落とすことが出来たんですね(笑)
過去にオーケンはタヌキが憑いて死にたくなり、アルバムのTDで行ったNY行きの飛行機でそれが落ちたと言いましたが、(これかなりコアなエピソードでしょうか)筋少そのものに、年を重ねる毎にだんだんと大きくなった憑き物があったのですね〜。
市川さんが語ってくれた事で、憑き物落としの最後の仕上げが出来たと思うんですよ。いうなれば市川さんはバンドブームという妖怪退治をした陰陽師ということで(笑)最近、京極堂シリーズ読んでるからという安易な発想ですが(笑)
アルバムを通して聴けるのは、まだ先かなと思っていたんですが、憑き物が落ちたところで、そろそろ聴こうと思いました。ブートレグはほんと、多くの人に聴いて欲しいですねー。市川さん絶賛ですから。今どきライブでこんなすごい演奏できるバンドなんてありません。当然後撮り無しでそのまんまですよ。とりあえず筋少ファン以外でも市川さんを知っている方は全員、絶対買うべきです!(笑)
さて私も筋少サイトの更新しないと。この件についてはまだまだ語りますよ〜。わはは。(市川さん風に)